メガネ業界に貢献した人

先日の朝刊のお悔やみ欄を見たら 知っている人が亡くなっていました。
しばらくお会いしていなかったのですが いろいろその方の事を思い出す一日になりました

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   明治後期の メガネ工場の様子

というのは その人 Kさんという人で 昭和の時代 鯖江にメガネ産業が盛んになって来た頃は メガネの生産に使う機械が無くて ほとんど手作業で作っていました。 

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精度も悪く寸法もいろいろあって当時のドイツのメガネに比べたら 月とすっぽん のようなおもちゃみたいなメガネでした。 私がメガネ業界に入った時くらいから メガネの生産のための機械があちこちで考えられて生産が始まりました。
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すると メガネの精度も格段に良くなり 効率も良くなっていきます。 その機械をいろいろと考案して作る会社を作ったのが このKさんでした。

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                Kさんの作った機械


当時 何百件というメガネ工場があったとき ほとんどの工場にKさんの作った機械が入っていたと思います。
メガネを作るには 線を曲げる 切断する 溶接するなどの工程がありますが 時に難しい難問に直面して そんな時 相談しに行って そのための機械を作ってもらったことがあります。

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メガネの産業が鯖江に根付いた裏にはこのような人の貢献もあるのではと思います。

しかし メガネ産業の発達で コンピュータを使った機械とか 産業自体の低迷で 新しい機械を導入することも少なくなり Kさんと会うことも少なくなっていきました。

しかし 私の工場を眺めると Kさんに 教えていただいたこと また 当時購入した機械がいまだに 稼働しています。

昭和から平成になり 今度は 令和になりました 
それに伴い だんだん メガネの業界も 時代が変わって行くのかなと 感じました。

さて サイモンとガーファンクルというグループは 昭和の時代でした。彼らも長い間 演奏してきています
今聴いても いまだ新鮮に聴こえるのは私だけでしょうか?
「ボクサー」を聴いてください。

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